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大阪高等裁判所 昭和55年(く)103号 決定 1980年10月03日

主文

本件抗告を棄却する。

事実

本件抗告の趣意は、申立人連名の抗告申立書、抗告申立補充書に記載のとおりであって、要するに、第一審裁判所が身柄不拘束の被告人に対し実刑判決を言渡した後、直ちに被告人に対し勾留の決定をしたのは、刑事訴訟法九七条一項に照らして許されない措置であったばかりでなく、本件の場合、勾留の理由も必要性もない、というのである。

まず、刑事訴訟法九七条一項を根拠とする論旨について検討するのに、同条項は、上訴の提起期間内の事件でまだ上訴の提起がないものについて、勾留期間の更新その他所定の勾留に関する処分を行う権限が裁判所にあることを当然の前提としたうえ、その権限を行使する裁判所が原裁判所であることを定めた規定であり、右の権限そのものを創設した規定ではない。したがって、右条項中にあらたに被告人を勾留する場合についての定めがないからといって、原裁判所を含むいかなる裁判所もその決定を行うことができないと解するのは失当である。また、右条項は、前記のとおり、まだ上訴の提起がなく、上訴裁判所が介入する余地のない事件について、原裁判所が採るべき勾留に関する措置をいわば確認的に定めた規定である。したがって、当該規定中にあらたに被告人を勾留する場合の定めがないからといって、勾留の決定をする権限が上訴裁判所に帰属するものと解するのも相当でない。それ故、本件のように上訴の提起期間内の事件でまだ上訴の提起がないものについて、原裁判所が判決後あらたに被告人に対して勾留の決定をなしうるか否かは、右条項を含む刑事訴訟法の趣旨に照らして決すべき問題であるところ、右の事件において原裁判後あらたに被告人を勾留する旨の決定をなしうることについては、刑事訴訟法六〇条の文言、趣旨に徴して疑いがなく、これを否定すべき根拠はまったく存しない。そして、右の決定をなしうる裁判所が原裁判所であることについては、刑事訴訟法九七条一項が勾留期間の更新、保釈等の決定をすべき裁判所を原裁判所と定めているところからみて、それらの決定に先行しそれらの前提となる勾留の決定についても当然に原裁判所がこれをすることを予定しているものと解されること、及び、前述のとおり未だ右事件に関しては上訴裁判所が登場していないことに徴し、十分な法的根拠が存するものといいうる(なお、最高裁判所昭和四一年一〇月一九日第三小法廷決定・刑集二〇巻八号八六四頁参照)。この点の所論は理由がない。

次に、本件における勾留の理由及び必要性の点について、一件記録を調査し当審の事実取調の結果をも参酌して検討するのに、被告人は、昭和五五年四月九日覚せい剤自己使用の罪で通常逮捕され、同月一一日勾留されて取調べを受けていたところ、同月一三日吐血で病院に運ばれることとなったため身柄釈放となり、間もなく胃切除の手術を受けて同年六月五日退院を許可された後、在宅取調のうえ同月三〇日二回の覚せい剤自己使用の罪で起訴されたこと、第一審では身柄不拘束のまま三回公判期日が開かれ、同年九月一八日懲役八月の実刑判決が言渡され、即日原裁判所から刑事訴訟法六〇条三号の事由による勾留状の発付がなされて同日執行されたこと、被告人には累犯前科があるため実刑を免れない法律関係であることが明白に認められる。こうした事実関係のもとでは、原裁判所が今後の審理及び刑執行のために被告人を勾留したのは決して違法、不当ではなく、弁護人指摘の諸事情特に被告人が原審の裁判中に結婚して新たな生活に入ったこと、被告人の健康状態がなおすぐれないことを考慮しても、勾留の理由及び必要性がないとはいえない。この点の論旨も理由がない。

よって、刑事訴訟法四二六条一項により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 瓦谷末雄 裁判官 香城敏麿 鈴木正義)

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